誕生日が同じなのに

人間、謙虚で優しいのが一番ですね。あんな上から目線な人間にはなりたくない、とつくづく思いました。公文で学んだことはこれが一番、良かったことです。できる子は親が教育熱心というより何事も一緒に頑張ってあげている感じがします。公文にしても、家で採点してあげたりとかまってあげています。一方、伸び悩んでいる子供は親が放置しています。公文でだされた宿題をしなさいと言葉では言うのですが、言うだけなのです。それだけではダメなんです。何事も子供と一緒に楽しくやれば自然と伸びていくのだと感じました。ほとんどが兄弟どちらもできる子です。それはやはり親の努力のたまものですね。勉強が勉強ではなくまるでゲームみたいな感覚になれると算数はどんどん楽しくなります。算数は10歳までが勝負です。よく高学年からしっかりやらせようとする親がいますが、算数はとにかく四則までしっかり、しかも早く解けるように訓練することです。計算が早いとそれだけ人より時間ができます。足し算、引き算を習うようになったら、とにかく100マス計算をして1分くらいで全部解けるように訓練するのです。繰り上がりとか繰り下がりとかそういう理論はほっといて、暗記するのです。カードにかいてどんどん答えを言わせるのもいいですが、100マス計算をしてタイムを記録していけば励みになりますから。足し算と引き算が早くなれば掛け算や割り算になっても楽々です。掛け算や割り算は足し算と引き算が早くないと、できませんからね。とにかく四則をしつかり訓練することです。そうすれば分数になっても理解が早いです。だから高学年になってから算数をやらせようとしても無理なんです。そのときは足し算からやり直して訓練するのがいいのですが、高学年になって今更、足し算なんてやる気にならないので、挫折するんですよね。だから算数は4年生までが勝負なのです。それから、国語では読解力が大切にです。理科だって社会だって読解力がないと理解できませんから、読解力は基礎ですよ。

小学校の先生にも色々います。結局は人間なので、癖のある人もいます。ひいきしちゃいけないといっても人間だもの。好き嫌いはあるよね。それをどれだけ見せないようにできるか、なんでしょうけど。やっぱりお気に入りの子は可愛がりたくなるもんです。私が小学校のとき、真紀ちゃんという可愛い子がいて、このこと誕生日が同じなのに可愛さは真紀ちゃんが100倍上だった。その子、男の担任の先生に可愛がられてて、忘れもしない。その男の先生が真紀ちゃんのことを「小学生なのに色っぽい」と言っていたんです。色っぽいの意味がわからなくて、ずっと覚えているんです。今、これいったらやばくないですか?

新刊を読んですぐ売る人

新刊を読んですぐ売る人にはありがたいサービスですね。昔、新刊を読んですぐに売ったとき、1400円だったその新刊は140円でした。古本屋に売ったんですが、なんか寂しい気持ちになりました。

古い食器も売りました。部屋のインテリアに一役かっていたので手放すのはかなり惜しかったのですがもう勢いで売りました。お金が必要なんだから仕方ありません。古いカメラ。ドイツのローライ。可愛いから大好きだったんですけどね。もちろん動きます。フィルムを巻き上げるときの音がいいんですよ。きっとわかる人にわかるんですよね~

公文のアシスタントをしていたことがあるんですが、そこにやってくる子供って3歳くらいからでした。もう3歳くらいでも学力には差がついていると感じました。できる子は迷路をやらせても筆圧も強くスイスイと迷路を進んでいくんです。でも、あまりよろしくない子は筆圧がなくて鉛筆もろくに持つことができないんです。筆圧というのは沢山書いて強くなるものですから、それだけ絵を描いて強くなっているんですね。絵をたくさん描く3歳くらいの子というのは、詳しいことはわからないのですが脳が発達しているように思います。絵を描くときに使うの脳の場所ってどこなのでしょうね?そこが発達していることと学力の関係が知りたいものです。公文の話に戻すと、公文では簡単な計算を何回も何回も繰り返すのですが、少量を繰り返したところで身につくものではありません。考えてみてください。1枚に5つの足し算があるとします。これを3枚やったとして15問の足し算をやるくらいで学力が伸びるとは思えません。繰り返し、繰り返し学ぶということは50枚を毎日やる、そのくらいやらないと、というかやれないとダメなんです。それができる子供が伸びるんですよ。クリアポロンは首イボやデコルテのザラザラに!年齢を重ねると小さなイボがきになりだすんです。クリアポロンは首イボなどの小さなポツポツに大人気!公文とはそういうものです。アシスタントごときで、そんな気づきがあるくらいですから、小学校の先生だったら色々わかることがあるでしょうね。学力のある子の要素みたいなこと。好奇心が旺盛とか、数字が好きとかね。色々あるはずですね。 そこに息子が京都大学にいったという先生がいましたが、その先生が意地悪で、とっても嫌いでした。自慢ばっかりしていて、優しくない。アシスタントの私が子供たちに先生と呼ばれるのが気に入らないようで、この人は先生じゃないのよ、とわざわざ子供にいってました。そんなの放っておけばいいじゃないですかね。ときとぎ先生とアシスタントのミーティングがあるんですけど、その時もとにかく偉そうでした。

かんたん査定

こんなとき、みんなどうしているのでしょう?

老々介護だって、こういうことですよね。介護の必要があるから、仕事がやめられない。施設にあずけたくても空いていない。家でみるなら、仕事ができない。こんな悪循環の中で、どうやって楽しく生きていけばいいのか、不安でたまらないでしょう。

そりゃあね、色々考えますよね。先が見えないんですから。うちの旦那様の場合は治療のために大量のステロイドを体内に投入され、性格がかなり短気になってしまいました。仕方のないことですが、興奮ぎみなんでしょうね。荒っぽくてイライラしていて、あの小動物のような可愛さのカケラもない。病院にお見舞いにいくといちいち揉めてしまうんです。本人も相当なストレスなんでしょうけど、見舞いにいってイラつかれるのも辛いですよ。マジで。嫌な空気が漂うから、きまづくて。もともとあまり上手にコミュニケーションがとれる人ではないのに、ますます妙な感じになりました。会話がまったく噛み合いません。病院の帰り道はいつも悲しくなって涙がでます。あれこれ考えていると心配なことだらけです。

今はほんの少し回復に向かっています。目が見えるって本当に素晴らしいことです。ステロイドのせいで、体感温度が変になっています。私は寒いのに旦那様は暑い暑いと大汗です。びっくりするくらい大量の汗が流れています。まるで部活の中学生。もうね、心配したところでなるようにしかならないですからね。旦那様のいらいらにも負けないで、いつときのことと割り切っていきます。

とはいえ、金欠なので本を売ったりして少しでもタシにしようかと考えました。実は母の形見を売りました。プラチナのネックレスです。迷ったのですが、こんなときですから、母も許してくれるはずです。私が困っているんですから、好きにしていいと言ってくれるはずです。親というのは、子供が困ってる姿はみたくないものでしょう?だから、そう思って売ったのです。

次に本をうりました。最近は本のバーコードを入力すれば査定価格がでるんですね。大まかな基準といいますか。かんたん査定というシステムがあるのです。こういうサービスは嬉しいですね。一体、いくらになるのかわかりませんから。1冊ずつ入力して調べていきました。

使用感があるとこれより低くなるでしょうけど、まあ基準がわかるだけでいいですよね。 帯がなかったり、ちょっと汚れたりしていたらこの金額からかなり低くなるかもしれませんね。本の発売から1ヶ月以内であれば低下の40パーセントが保証されているらしいです。

公共の公園

高校生の頃、意外と人気者だった私は、調子にのっていたわけです。高校全員をあげての学園祭で人気投票があったときも上位に入ったりしましたね。

まあ、若い頃のことですから笑ってやってください。モテてましたよ。付き合った彼氏には、私の持ち物すべてが自分が買ってあげたものにしたい、なんてことまで言われたりしました。どういう理由だったかわかりませんが、その男子とは別れました。美容師の男の子でしたけどね。わりとイケメンな。今頃、店のひとつももってるかもしれませんね。

二股をかけてて、いっぽうに別れたいと言った時は、二股でいいから付き合っててほしい、なんて言われたりもしましたよ。まあ、モテてましたね。

こんなんで調子にのらないわけがいなじゃないですか。その後年上の男性と付き合ったんですが、これがとても悪い男でね。私が二股をかけられてたようです。知らなかったんですが、その男性と別れた後にその男性の友達が教えてくれました。その男性はかなり強いいうか、存在感ある人でね。私の周りも怖がってる人が多くて。その人と付き合ってる自分が偉いとでも勘違いしてたんですね、私。アホですよね。彼氏が冷たい。そう感じるようになって、散々遊ばれて捨てられたような状態でした。夜中でもいつでも呼び出されれば家を抜け出してました。でも、楽しかったかというと全然そんなことはなくて。今、思うとなんだったのかよくわかりません。好奇心だけだったのかもしれませんね。だから中学生や高校生の女子には、自分のことを本気で好きになってくれる、そんな男性を見極めるようなりなさいと言いたいです。見た目や言ってることで人を判断せずに、その人の行動をちゃんとみれる女性にならないと甘い言葉で騙されますよ。これは遊ばれて捨てられた経験をもつ私からのリアルなメッセージですよ。

友達の家の前に公共の公園があって、そこの公園のトイレに中学生くらいの男女が入っていくのを時々見かけるそうです。何が起こっているのかわかりますよね?でも、よく考えてみてください。その女の子は犠牲になっているだけです。それでその男子と絆がうまれているなんて思ったら大間違い。キズモノにされているだけなのに、公衆トイレと同じなのにどうして行為に及んでしまうのでしょう?自分を大切にしましょうね。

旦那様が病気になってしまい、とんでもなく悲観的になっていました。主治医の先生からも治療してみないとわからないと言われるし。もっと仕事を増やして頑張らないとと思ってはみても、看病にいく時間が必要でそうそう働く時間が確保できない。

その辺は良かった

私はそんな気持ちには到底ならないので、その辺は良かったと思っています。介護の問題にしても、老々介護が問題となっている今、私はもう介護する人はいないので自由で楽ちんです。人生はそういう感じでプラスマイナスはゼロになっているんだとつくづく感じるんですよね。

ベートーベンの5番なんていうのはそもそもないんです。その楽譜だったり演奏だったりはあるんですが、ベートーベンの5番はないんです。ただそれは現象として語りや感動としてあるんです。でもないんです。存在やありかた、ものがあるということを可能性としての存在であって運命といったりもします。名前をつけないと認識できないからです。

ものがあるとか、あり方、見え方、そういうことを道といいます。今は電子化計画が行われていますから、古典が全部みれるんです。素晴らしいことがおこっているんです。対象にしているものは電子化されません。

おきまりの質問なんですが、たまたま体型が女性っぽくて男性用が着られないんです。

ダイエットをして体重が減ったら男性用がきれなくなりました。新しい服を買おうとするは入らないです。それで女性用でしっくりきたんです。

普通だったら、男性用が入らないからって女性用にいくなんてことないですよね?

当時の女性用のズボンがぴったりでした。ユニクロなんて男女一緒に売ってるところがあるでしょう?それで、とても快適に着れたので今まで着てるのは違ったんだなって。男性が女性のものを身に着けるというのは周りがどう思うのか、ちょっと怖いですよね。

スカートを穿いたりというのは、はっきりわかるので時間がかかりました。

人がどう思うかなんて、気にならないです。実際にそういう世間の目にさらされたことによる葛藤はなかったということですね?不愉快な顔をする人としない人がいるんです。むしろ、女性が歓迎してくれる人がいました。みないふりをする人が大半ですが、1割は白い目でみていました。日常的にきているものであればかまわないというルールがあるんです。面白いことをやりたいと思っています。ハリウッド映画だって型があってインドの映画をみたらびつくりするんですよね。型にはめてしまうと誰も見向かなくなるんですよね。全然違うメディアのつくりかた。民主党があるわけですよね。あんなことをしない限りは触れならないわけですよね。その時代のやり方がずっと固定されているんです。ひとり1台、凱旋カーがでるんです。どうみたって凱旋カーなんていります?そんなものうるさいだけで必要ないですよね?名前を大声で連呼したところで投票します?昭和のままなんですよ。